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横浜地方裁判所川崎支部 平成12年(ヨ)72号 決定

債権者

A

B

C

D

E

F

右債権者ら代理人弁護士

西村隆雄

根本孔衛

畑谷嘉宏

藤田温久

三嶋健

渡辺登代美

岩村智文

児嶋初子

篠原義仁

債務者

揖斐川工業運輸株式会社

右代表者代表取締役

井上豊秋

右債務者代理人弁護士

髙津幸一

主文

一  債権者らが,債務者の従業員の地位にあることを仮に定める。

二  債務者は,債権者Aに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金27万4700円を仮に支払え。

三  債務者は,債権者Bに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金26万1400円を仮に支払え。

四  債務者は,債権者Cに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金25万8100円を仮に支払え。

五  債務者は,債権者Dに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金26万4200円を仮に支払え。

六  債務者は,債権者Eに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金25万6100円を仮に支払え。

七  債務者は,債権者Fに対し,平成12年5月1日から本案判決が確定する日まで,毎月28日限り,金27万1400円を仮に支払え。

八  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一  申立ての趣旨

主文同旨

第二  事案の概要

一  本件は,債務者に勤務していた債権者らが,債務者の債権者らに対する整理解雇の有効性を争い,雇用契約上の地位保全と賃金の仮払を求めている事案である。

二  争いのない事実

1(一)  債務者は,一般区域貨物自動車運送業を主たる業とする資本金4000万円の株式会社であり,岐阜県大垣市に本店を置くとともに,平成12年4月当時,同市にクレーン部を,同市,岐阜県各務原市,兵庫県尼崎市,名古屋市,愛知県碧南市及び川崎市に営業所を,千葉県市原市に倉庫を有していた。

(二)  川崎営業所は,関東に存在する唯一の営業所であり,平成12年4月当時,所長を含め13名が勤務していた。

債権者らは,いずれも川崎営業所において勤務しており,全日本建設交運一般労働組合(以下「建交労」という。)神奈川県南支部揖斐川分会(以下「分会」という。)の組合員であった。なお,債務者には,労働組合として,分会の外,企業別労働組合である揖斐川工業運輸労働組合(以下「揖斐工労組」という。)が存在し,川崎営業所では,5名が所属していた。

2  債務者の社員に対する給与の支給は,毎月28日支払で,債権者らの月額給与は,以下のとおりである。

債権者A 27万4700円

債権者B 26万1400円

債権者C 25万8100円

債権者D 26万4200円

債権者E 25万6100円

債権者F 27万1400円

3  債務者は,平成12年3月31日,債権者らに対して,川崎営業所閉鎖のため,同年4月30日をもって解雇する旨を文書で通知した(以下「本件解雇」という。)。

三  争点

1  本件解雇は整理解雇として有効か。

2  本件解雇は不当労働行為に該当するか。

3  債権者らに保全の必要性が認められるか。

第三  当裁判所の判断

一  整理解雇について

1  整理解雇の要件

整理解雇が有効といえるためには,〈1〉債務者に人員整理の必要性があること,〈2〉債務者において解雇を回避するための努力を十分に尽くしたが解雇を余儀なくされるに至ったこと,〈3〉解雇の対象となる人選が合理的であること,〈4〉債務者において組合又は従業員らに対して十分な説明をし,協議を経たことが必要と解される。

以下,右要件について検討する。

2  疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の結果(争いのない事実を含む。)によれば,以下の事実が一応認められる。

(一) 債務者は,昭和34年10月,揖斐川工業株式会社の輸送部が分離独立して,資本金800万円で岐阜県大垣市に設立され,その後,業務内容を,燃料用石油類,工業用薬品類及びLPGの輸送並びにクレーン業務等に拡大させるとともに,平成4年11月には,資本金を4000万円に増資した。

(二) 債務者は,第34期会計年度(平成4年5月ないし平成5年4月)には,総売上高約41億2400万円,総利益約1億6900万円を計上していたが,運賃単価の低落,荷主企業の海外移転に伴う運送量及び固定契約の減少,人件費の高騰等による高コストなどにより,第37期会計年度(平成7年5月ないし平成8年4月)には,総売上高が約36億2600万円,総利益が約7500万円までに減少した。その後,第38期会計年度(平成8年5月ないし平成9年4月)には,総売上高が37億8700万円,総利益が1億4200万円に,第39期会計年度(平成9年5月ないし平成10年4月)には,総売上高が約37億4700万円,総利益が約1億4300万円にいったん増加したが,第40期会計年度(平成10年5月ないし平成11年4月)には,総売上高が約31億8400万円,総利益が約6700万円に再び減少し,第41期会計年度(平成11年5月ないし平成12年4月)には,総売上高が約28億8400万円,総利益が約4900万円に更に減少するという状況に至った。

川崎営業所においては,第34期会計年度以降,自社運行部門の赤字が続いていたが,傭車部門の利益で右赤字を補っていたため,総利益は黒字を保っていた。ところが,第41期会計年度に至り,初めて総利益が赤字に転じた。

(三) 債務者は,業績の改善を図るため,以下のような措置を講じた。

(1) 人員の削減

第39期会計年度から,定年退職者の再雇用を中止するとともに,タンクローリー部門においては,平成9年8月から,クレーン部門においては,平成10年4月から,新規採用を中止した。その結果,債務者の従業員総数は,平成9年4月に203名(一般職36名,乗務員167名),平成10年4月に199名(一般職36名,乗務員163名),平成11年4月に189名(一般職36名,乗務員153名)に減少した。

(2) 人件費の削減

平成10年11月から,役員報酬を10パーセント削減するとともに,平成11年3月から,管理職及び一般職の給与を5パーセント削減した。また,第41期会計年度の給与の昇給を停止した。

(3) 諸経費の削減

平成9年4月から,運行基準及び就業規則の変更を行い,就労時間及び時間管理の適正化を図るとともに,平成10年から,高速道路通行料金,従業員の食事代及び車両修理費用等の削減を行った。

(四) 債務者は,平成12年1月28日,以下のとおり,希望退職者の募集を行った。

(1) 募集対象

平成12年1月31日現在,満55歳以上の乗務員・オペレーター

(2) 募集期間

平成12年3月1日より同月31日

(3) 退職発令日

平成12年3月31日

(4) 退職条件

退職金を各人の基本給×支給率とし,加給金を退職金の2割とする。

右希望退職の募集対象者は,25名であったが,実際に応募してきた者は,大垣営業所の3名であった。なお,債務者が提示した右退職金は,従業員退職金規程に基づく会社都合による退職の場合に支給される退職金と同一の額であった。

(五) 建交労神奈川県本部,同神奈川県南支部及び分会は,平成12年2月22日,債務者に対して,「2000年春闘統一要求書」を提出して,賃上げ,労働時間の短縮,年次有給休暇日数の増加,看護・介護休暇制度の確立及び定年年齢の引き上げ等の要求を行った。これに対して,債務者は,同年3月8日,介護休業規程を発表したほか,賃上げ,労働時間の短縮及び年次有給休暇日数の増加を拒否する回答を行った。分会は,これを受けて,同月13日,債務者に対して,ストライキを通告し,同月16日午前7時から午後4時までストライキを実施した。債務者は,同月13日にも分会との間で団体交渉を行ったが,賃上げを拒否し,会社存続のため賃金を改定中である旨回答した。

(六) 債務者は,平成12年3月15日,部門長以上の役職者による会社の方針決定機関である幹部会において,川崎営業所については,営業成績の悪化を理由に,同年4月30日をもって閉鎖すること,川崎営業所従業員の合意退職に向けて分会及び揖斐工労組川崎支部との間で団体交渉を行うが,交渉が決裂した場合には,解雇もやむを得ないとする旨の決定をした。

(七) 債務者は,平成12年3月23日,分会との団体交渉の際,賃上げ,36協定について話合いをしたが,川崎営業所の閉鎖及び川崎営業所従業員の退職・解雇に関しては,一切言及しなかった。債務者は,同月27日,川崎営業所従業員に対して,債務者の方針を説明するため,同月30日に川崎営業所において臨時職場会を開催する旨の通知を行った。

(八) 債務者社長井上豊秋は,平成12年3月30日午後4時50分ころ,川崎営業所で開催した右臨時職場会において,川崎営業所従業員に対して,川崎営業所が赤字に陥っており,同年4月30日をもって閉鎖したいこと,川崎営業所の閉鎖に伴い川崎営業所従業員全員の退職を希望する旨口頭で説明した。債務者は,右説明に当たり,川崎営業所の閉鎖の理由及び川崎営業所従業員全員の退職の必要性に関する文書を一切配布しなかった。

債務者は,右臨時職場会後の午後6時30分ころ,川崎市労働会館において,分会との間で団体交渉を行い,川崎営業所の閉鎖及び川崎営業所従業員全員の退職について協力を求めたが,分会はこれに応じなかった。

(九) 債務者は,平成12年3月31日,債権者らに対して,文書で,同年4月30日をもって解雇する旨の意思表示をした。

(一〇) 債務者は,平成12年4月10日,同月17日,同月25日及び同月27日,分会との間で団体交渉を行い,分会から,川崎営業所の閉鎖及び解雇通告の撤回の要求を受けたが,これを拒否した。債務者は,同月25日に開催された団体交渉の際,川崎営業所閉鎖に至る経緯を記載した文書及び全社の総売上高等を記載した表を示して説明を行った上,退職条件として,退職金を各人の給与×支給率×120パーセント,加給金を各人の給与×支給率×10パーセントとする提案を行った。分会は,この際,川崎営業所と他の営業所の業績を比較した文書の開示及び代替案の提示を求めたが,債務者は,これに応じなかった。

3  以上で認定した事実に基づき,前記整理解雇の要件について検討する。

(一) まず,人員整理の必要性について検討するに,前記認定のとおり,本件解雇当時,債務者の総売上高及び総利益が減少して営業成績が悪化しており,経営を立て直す必要性があったことは否定できない。

しかしながら,川崎営業所のこれまでの営業成績,川崎営業所と他の営業所等との比較によっても,債務者の現在の経営状態が川崎営業所を閉鎖してその従業員全員を解雇するまでに悪化していたかどうかはにわかに判断し難いところである。そして,人員整理が仮に必要であったとしても,以下のとおり,本件においては,整理解雇の他の要件を欠いているというべきである。

(二) 次に,前記2認定のとおり,〈1〉債務者は,川崎営業所の閉鎖及び川崎営業所従業員の退職・解雇の決定に至るまで,定年退職者の再雇用の中止,新規採用の中止,役員報酬,管理職・一般職の給与の削減,昇給の停止,諸経費の削減及び希望退職者の募集を行っているものの,退職・解雇という不利益を受ける川崎営業所従業員に対して,配置転換,関連会社への出向,一時帰休の募集を一切行っていないこと,〈2〉債務者の行った希望退職者の募集は,その募集期間が1か月と短期間であり,退職条件は加給金を含め従業員退職金規程に定める会社都合による退職の場合と同一の額であること,〈3〉債務者は,右希望退職者の募集期間満了前に川崎営業所の閉鎖及び川崎営業所従業員の退職・解雇を決定していることに鑑みれば,債務者が,本件解雇時点において,本件解雇を回避するための努力を十分に尽くしたものということはできない。

(三) さらに,前記2認定のとおり,〈1〉債務者は,平成12年3月15日に右決定を行ったにもかかわらず,同月23日に行われた分会との団体交渉の際には,賃上げ,36協定について話合いをしたのみで,川崎営業所の閉鎖及び川崎営業所従業員の退職・解雇については一切言及せず,同月30日に至り,債権者らに対して,突如としてこれを告知し,翌31日には,文書で本件解雇の意思表示を行っていること,〈2〉債務者は,債権者らに対して,右決定を告知するに当たり,その必要性を説明しているものの,口頭によるものであり,しかも,具体的な説明をしたとは認められないこと,〈3〉債務者は,本件解雇後,分会との間で4回にわたり団体交渉を行っているが,本件解雇の撤回はできないとの回答に終始し,分会から,川崎営業所と他の営業所の業績を比較した文書の開示及び代替案の提示を求められたにもかかわらず,これに応じていないことに鑑みれば,債務者が,組合又は従業員に対して,十分な説明・協議を経たものということはできない。

4  以上によれば,本件解雇は,整理解雇の要件を欠くものであり,したがって,解雇権を濫用したものであるから無効である。

二  保全の必要性について

1  疎明資料(〈証拠略〉)及び審尋の結果(争いのない事実を含む。)によれば,以下の事実が一応認められる。

(一) 債務者は,平成12年4月28日,債権者らに対して,退職金及び加給金として以下の金領の銀行振込みをした。

債権者A 501万7100円

債権者B 440万0400円

債権者C 482万3300円

債権者D 631万1100円

債権者E 496万2000円

債権者F 754万0500円

(二) 債権者らは,債務者から振込みがあった右退職金等を債務者に返還しようとしたが,受領を拒絶されたため,平成12年6月12日,岐阜地方法務局大垣支局において,右銀行振込みを受けた右退職金等の供託を行った。

2  前記1で認定した事実及び疎明資料(〈証拠略〉)によれば,債権者らは,いずれも債務者から支給される給与を生活の原資として生活しており,本案による債務名義取得までの間に債務者の従業員たる地位の保全及び賃金相当損害金の仮払を受けなければ,著しい損害を被ることが一応認められる。

したがって,債権者らには,いずれも保全の必要性が認められる。

第四  よって,本件申立ては,不当労働行為に当たるかどうかの判断をするまでもなく,理由があるから,事柄の性質上保証を立てさせることなくこれを認容し,申立費用の負担につき民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 打越康雄 裁判官 武藤真紀子 裁判官 桃崎剛)

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